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ツネ語ログ

ツネザワシ(Tsunezawashi )です!漢字教育士をやってます。

「まつとしきかば いまかへりこむ」日常の中の、おまじない

魔術・呪術 雑記

とある商店街にて。

お店の前に置いてある、三角コーン。

それだけなら、別になんてことはない、日常の風景なのだが。 このコーンには、奇妙な貼り紙がしてあるのだ。

「どこへ行っても戻ってくる」
確かこんな感じの文章だった。
正直、三角コーンにこんな貼り紙をしているのは見たことがなかったので、非常に奇妙に感じる。
店主は、三角コーンで大変苦労したのか知れない。

よく盗まれたとか、イタズラされたとか、台風のときに飛ばされたとか。
まあ苦労あっての、苦肉の策なのだろう。
あるいは、何か明確な意志があっての策なのか。
そもそも、この書き方だとまるで三角コーンに意思があるかのようだ。
勝手に動き回って、どこかへ行ってしまうので、ちゃんと戻ってくるように、と。
これは、まじないなのか?マジなのか?


まあ、世の中では「失せ物」なんてしょっちゅうでしょうから、 色々とまじないがあっても、何らおかしくはないでしょう。


神社のおみくじでも、失せ物について言及してるでしょう?
2ちゃんねるにも、失せ物探しのスレがあり、現代人のマジな感じが伺える。
誰かが霊視的なコトをしてくれる…らしい。
「見つかりました!」って反応が割とある。
なかなかすごい世の中だ。

 

他にもググっていると、なくしたモノを見つけたい、というのは結構世の中のテーマのようです。
おまじないが出るわ出るわ。
例えば「オヤカンサマ」。

上記にて、谷崎榴美氏がコレについて言及している。
大正時代の、あるお寺さんの話がルーツのようで、その詳細は紹介しているサイトによって若干の異なりを見せている。
ヤカンに腰紐を付けて、擦って、「オヤカンサマ、オヤカンサマ…●●が見つかりません。場所を教えてください…」みたいなことを唱える、というベースは同じのようである。

※腰紐というのは着物に使う紐らしい。
普通の紐ではイカンのか? そして、なぜヤカンなのか?
なお上記の谷崎氏が、魔女の視点で述べております。上記HPにて。
そういえば、だいぶ昔、こち亀でも魔法のヤカンみたいな話があったが…
「ヤカン」というのは、何かしらの魔力・呪力を持つようなアイテムなのだろうか。 あるいは、そういう風な視点を向けられるアイテムなのか。

 

他にも「ニンニク」「ハサミサン」など、失せ物のおまじないは諸々あるが、詳細は各自ググっていただきたい。
「阿字の子が 阿字の古里 立出でて 又立返る 阿字の古里」なんてモノもあった。 どれも初めて聞いたよ。

とにもかくにも、この手のおまじないは、口に出さなくてはならないようである。 心の中で唱えればOK!というワケにはいかないようだ。
まあ、確かに書かれた言葉があって、それを口に出すことで、言葉の持つ意味が効力を発揮する…というのは自然な流れでしょう。

おまじないは、口に出すことで、第三者のサポート(神とか?あとは妖の類かなあ。少なくとも人間ではないよね。)を得る、ということか?一種の召喚、自己暗示なのかも。


さて。三角コーンに戻る。
こんな歌をご存じだろうか?
『立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む』
聴いたこともある人もいるでしょう、百人一首ですね。
中納言行平の一句。 …まあ小生も下の句しか覚えてなかったんですが、失せ物、というとコレが頭に浮かぶ。

「まつとし聞かば今帰り来む」と書いて貼っておくことで、どこかへ行ったネコが帰ってくると。


現代でも猫探しに使われているようです。
1000年以上も前のおまじないがまだ使われている、って相当ですね。 おまじないにそれだけ効力があるということか。果たして。
あ、ネコ以外には効果があるのか。どうなのか。

 

この三角コーンの例がおまじないなのかどうかは、店主に訊かないとわかりませんが、やっぱり小生は、おまじないの一種じゃないかなあ、と思います。
目的がなければ、こんなことしないでしょ!?と。
盗難・イタズラ対策であれば、土台にコンクリートでも使って持ち運びにくくすればいいでしょうし。 最近は「目」のマークを付けて、『見ているぞ』と警告しているものもよく見ますよね。

どれだけ効果があるのか不明ですが。どうせやるならそこそこリアルな目を描かないと。


他、コンクリならば台風対策にもなる。 わざわざ「どこへ行っても」…なんてことを書くぐらいですから、それだけ戻って来てほしいんでしょうね。
とまあ、その前にやることあるでしょう…という気もしますが、貼り紙一枚で効果がもあるのであれば、コストパフォーマンスは充分だろう。

 

あとこの手の「よくわからない」コトをすると、手を出しにくくなる心理があるかも知れませんね。
度々述べておりますが、「わかる」のであれば問題ないんです。
わからないから、問題がある。
人知を超えた、気味の悪いモノに対して、手を出せるかという話になってきます。

 

案外世の中では、おまじないの貼り紙といった、呪術的なモノ見当たらないのだ。
やっている人が少ないからこそ、イイ感じに効力、いや呪力があるのかも。
気付かないだけで、案外呪術的なモノあるのかも知れないけど。

 

あるいは気付かれないようにしているとか?
後は、目的によっておまじないを「わかるものにする」か、「わからないものにする」か。


この辺も考えないといけない。 上述の「待つとしかば~」なんてのは、かなりストレートな内容だと思う。
読めばわかる。一般常識がある人であれば大体理解できるはず。
三角コーンの例も、まあ想像はできるかな。 書いてある内容は難しいモノではないし、 そして話は続くのだった。